探偵による浮気調査 実例 札幌編

探偵による浮気調査 実例 札幌編

 

今回の調査は、梅雨明けが宣言された途端に気温が30℃近くになる嫌な暑さの時期。東京 池袋で倉庫委託業を営む会社の常務の妻からの依頼。出張という名目で北海道の取引先に挨拶を兼ねた食事の接待という体裁。

 

 

以前から、浮気を疑っていた依頼者である妻は、たまたまインターネットでツアー予約した後、旅行会社の返信メールを見て不審が確信に変わった。(パソコンのメールと夫のスマホに入っている会社のメールは同期されている)

 

 

その返信メールにはご丁寧に一緒に行く人達のフルネームから、往復の飛行機の便名から時間まで、こと細かく記載されていた。

 

 

そこには夫が常務を務める会社の社長と、他に女性の名前が二人前。夫の会社の社長は夫の同級生。つまり、社長は二代目社長の、いわばボンボン社長で夫の悪友。

 

 

つまり、今回のこの不倫旅行も悪友社長と一緒ということは会社の経費で落とす算段なんのだろう。申込者氏名の前にシッカリと、会社の名前が書いてある。

 

 

しかし、女性の名前は聞いたことが無い。

 

 

――どこかのキャバクラの女・・・?

 

 

その程度しか、思い浮かばない。社内の女性では無いことは確か。一応、社員名簿のコピーは家にあるので、照合してみたが一致する名前は無い。

 

 

この情報を見た時には、探偵に依頼することは既に決めていたので、探偵事務所をスマホで検索し「ど・こ・に・し・よ・う・か・な・・」と探す。色んな浮気調査の実例が書いてあったものに目を通して行くと、『青木ちなつ探偵事務所』というところが妙に具体的で説得力があったので、早速電話でアポを取り池袋のサンシャインにある探偵事務所に出向いて契約をした。

 

 

 

私は結構、楽観的で今回のこの不倫旅行も夫にお灸をすえるつもりだった。言い逃れや嘘でウヤムヤにされるのが嫌だったので依頼することを決意して。だから、料金も安いし担当の探偵さん兼相談員さんの感じもよかったし、ホームページに書いてあることになんの違いもなかったので、躊躇なく依頼した。

 

 

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調査当日の朝6:30に調査員3名は予め、飛行機往復切符を持って一階が駐車場になった会社に車が出入り出来る二ヶ所が同時に見える場所に陣取った。

 

 

事前に千歳空港付近のレンタカー屋に事務員が、「白かグレーのセダン」という条件の車を探し予約していた。2日借りて6,000円。東京と比較しても驚くほど安い。

 

 

今回の調査で一番の難所であるのが、このレンタカーを借りるタイムラグ。調査対象者達も当然レンタカーを手配していると想像する。

 

 

依頼者である妻の話では「夫や社長はお金を持っているのでタクシーを使うことも十分考えられる」と、言っていたが、千歳空港から札幌の市街地までは車で1時間少々かかる。ましてや4人、そこへ地方のタクシーは小型車が多い。あとツアーのパックにレンタカーも含まれていることも有るので、空港からのタクシー移動は考え難い。

 

 

もしも、ホントにタクシーに乗れば、1人の探偵がタクシー尾行をしている間に残った2人の探偵がレンタカーを借りて追いかけて合流すれば問題は無い。一番難しいのが不倫チームのレンタカー屋がスムーズで、こっちのレンタカー屋がモタモタされること。

 

しかし、最悪は不倫チームの予約しているレンタカー屋が空港まで先に迎えに来たら、それを1人の探偵がタクシーで追い。その間に探偵チームがレンタカーを素早く借りればどうにかなる。

 

 

この様に最悪の場面を想定しながら段取りを組むのも探偵ならではの発想である。

 

 

話を現場に戻そう。

 

 

思ったよりスムーズに来れたので、少し時間は早めだったが会社の出入り口や駐車場の形状などを綿密に確認出来た。これで、万全。

 

 

今回の調査にあたる探偵班は、この道12年の33歳。まだまだ若いが探偵の腕前は業界屈指のS級探偵。梅島(仮名)もう1人は27歳で、探偵歴2年程ではあるが、超ハイセンスな将来を嘱望される若手探偵。中村(仮名)後ひとりはお馴染みの青木ちなつ探偵事務所の取締役である青木(本名)北海道の調査と聞いて有無も言わさず参加。ある意味職権乱用にも近い・・。しかし、この3名が揃えば鉄壁の布陣。

 

 

 

情報が豊富に有る為然程、気負う事の無い調査ではあるが、探偵の浮気調査だけは何が起こるか分からない為、気負わずとも気は抜かないことを、この探偵達は十分に理解している。

 

 

 

そうこうしているうちに、本件調査の主目的である依頼者の夫が黒塗りの新車のベンツで会社の駐車場に入って来るのを確認。梅島と中村は、既にビデオを回している。抜かりはない。

 

 

その後直ぐに白色のハイエースが入ってきた。情報には無い車。しかし、車を駐車場に停めてから会社の二階に上がる階段が見えるので、それを視認すると、それはあらかじめ依頼者から提供されていた、社長の写真とほぼ同一人物。というか、間違いなく社長。

 

 

「うん・・社長の車が違うな・・」と青木がいう。S級ベテラン探偵 梅島が「ですね」と返す。

 

 

早速、情報と違う状況だがそんなことには一切動じない探偵達。これくらいの違いは日常茶飯であることは分かっている。

 

 

それから20分ほどして、白いハイエースに続いて調査対象者の黒塗りの高級ベンツが出て来て、前後に並んで走り出した。

調査車両を運転しているのは若手のホープ探偵、中村は暗黙の了解でその後をゆっくりと追う。

 

 

すると500mほど走ったところで、前を走っていた白いハイエースが左折したがベンツはそのまま真っ直ぐ進む。運転手の中村は慌てる様子もなく

 

 

「どっちを追いますか?」

 

 

「ん・・。空港方面は真っ直ぐやからベンツについていこ」と青木がいう。勿論、それには誰も異論はなくそのまま、ベンツを追う。

 

 

しばらく走っていると空港へ行くなら高速に乗るはずなのにベンツは下道を走り続ける。「これどこに行くつもりやろ」青木がひとり言の様に言う。

 

 

そのまま、15分ばかり走った後、ようやくベンツは首都高に乗った。その間どこかに寄ることも無く、高速代が変わるわけでも無いのに・・。「なぜ??」しかし、そんなことに別段 意識を向ける必要も意味も無い。車両尾行が少しでもバレている気配が有れば、緊張が走る場面だが。バレる様な下手な尾行を中村は一切していなかった。

 

 

こちらの想像通りに調査対象者全てが動いてくれるのならば、探偵なんて誰でも出来る。想定外の動きに対して、どう合わせるのがお金を頂いて、依頼される探偵の役割。そんなことも熟練の探偵だからこそ普通に対処出来るのだ。これが、以前のこのブログに出ていたポンコツ探偵『茂』が同乗していたなら、この状況だけで3人の探偵をイラつかせるに十分な言葉の3~4つは出ていただろうが・・。

 

 

その後は空港までの道のりを少々荒っぽい運転で走るベンツ。搭乗時間まではまだまだ時間があるし、ムリして追う必要も無いので、そこは付かず離れず絶妙な距離感で尾行する若手探偵中村。

 

 

 

その後無事、羽田空港第二ターミナル駐車場にベンツが入って行くのを確認しその4~5台後から調査車両が駐車場入口に入ろうとすると、対面の駐車場出口からベンツが出て来てちょうど真横の位置関係になった。

 

 

「同じ色のベンツでも、違うベンツ?」と一瞬思ったが、運転席の顔を見ると間違い無く調査対象者である会社の常務。すなわち依頼者の夫。

 

 

「ん・・なんじゃ・・」こっちの中村探偵が運転する調査車両は入口のゲートに入ってしまったが、相手車両は出口から外へ出てしまう。このままでは、かなりのタイムラグが出て見失うのは必至。

 

 

別に車を見失っても、搭乗口で待って居ればいいのだが、ただ 帰りに浮気相手を送って行くだろうと想像しているので、明日の浮気相手の女性の身元特定をするのに、調査対象者の駐車移置の近くに停めて置きたい。それと、急遽別便に予約変更をした可能性もゼロでは無い。

 

 

早くも本件調査での焦りが、探偵達を乗せた車内を支配する。

 

調査車両は駐車場のゲートをくぐろうとし、発券を待っていた状態だったのと、後ろに2台の車も待っているので、バックをして引き返すことも出来ない。

 

 

仕方無く、一度駐車場内に入りそのまま直ぐに折り返し、表に出た。羽田空港の第二ターミナル駐車場は、もう一棟あり相応に複雑な建物。一度出てもう一度グルッと周り、駐車場の中を社長の白いハイエースと共に両方を探すも見当たらない。

 

 

いずれにしても、搭乗時間にはまだ1時間半以上ある。何度もグルグルと駐車場内を探すもベンツは見当たらない。30分以上の時間が経過した。普段は概ねこれくらいの時間をかけて探せば見つかるのだが、見当たらない。

 

 

一旦、調査車両を停めて探偵3名が調査車両から出て色んな可能性を想像しながら、「もう一回周って無けりゃこの辺りに停めて搭乗口に行くか・・」

 

 

「あった!!」

 

 

探偵 梅田が思わず叫んだ。

 

 

3名の探偵が話しをしていたのは、駐車場の端で塀が網目になっていた。その隣の棟の塀も網目になって居り、探偵達から見て隣の棟の2階上の網目から、ベンツ後部のナンバープレートが見えたのだ。

 

 

何度か駐車場を出たり入ったりしている時に確か、「一般車両進入禁止」と書かれた入口がひとつだけあったことを探偵3名ともが記憶していた。

 

 

「あそこか!!」探偵達は自然と笑顔がこぼれる。慌てて調査車両に再び乗り込み、その「一般車両進入禁止」の看板の横をすり抜け、ベンツが駐車してある場所を特定。よくよく説明書きを見ると「予約社専用駐車場」と小さな看板があった。

 

なるほど。ベンツに乗った依頼者の夫である調査対象者も、それが分からず迷って一旦、一般の駐車場に入って行き、間違いに気付いたのか、社長と連絡を取って分かったのかは不明だが。ベンツも迷っていただけだと結論付けた。おそらく調査対象者が間違えたのだろう。飛行機の手配はこの夫が全てしていたのだから。例え悪友の同級生であっても、専務と社長の主従関係は当然出て来るだろうから、全ての段取りは調査対象者の夫がしていると考えるのが普通であろう。

 

 

ベンツから、一本レーンを外れたところに社長のハイエースが駐車してあるのも直ぐに確認が取れた。

 

 

「ここは予約車だけのスペースですよね。どこに停めます」と、若手のホープ探偵中村がいう。少し考えた青木が

 

 

「かまへん。ここのどこかに停めよ。怒られたら謝ればいい、別に法律違反している訳でも無いし全日空のハウスルールやし、予約料金請求されても、対した金額でも無い。知らなかったっていえばそれで話しは終わる。いずれにせよ帰りの調査対象者の女の家を特定するには仕方無い」

 

いずれにせよ、不倫グループはもう空港内にいる。こんなところでモタモタしている場合じゃない。

 

 

結構、予約駐車場はガランとしていて空きスペースも多い。ベンツと社長のハイエース両方が見える場所を探して調査車両を駐車し、そのまま空港カウンターへ急いだ。

 

手続きを終えて搭乗口に急ぐ探偵達。

 

 

搭乗時間まで40分程度あったが、不倫グループ達は見当たらない。そして搭乗案内が始まった。

 

青木が「オレ、先に搭乗しておくからあんたら2人はギリギリまで、搭乗口の待合椅子のところで見ていてくれ」

 

そう言い残して、青木は先に搭乗した。チケットも不倫チームと出来るだけ近い場所を指定していたので、不倫チームが予約している席から後方15mのところで、不倫チームが搭乗してくるのを待った。

 

 

9割方の乗客が搭乗したが、不倫チームは来ない。青木は不倫チームが入って来ずに、CAが扉を閉める寸前に降りるつもりで、状況把握に神経を傾けていた。

 

 

その後、直ぐに品の無い笑顔で不謹慎を絵に描いた様な不倫チームが搭乗して来るのを確認した。他の搭乗者が荷物を座席上の棚に入れたりと狭い通路で自分の段取りに集中している乗客達のドサクサ紛れに不倫チームの姿をくまなく撮る。

 

 

社長も対象者の依頼者の夫も会社を出る時の服装では無く、完全に「これから北海道旅行でっせ」といわんばかりのラフな服装に着替えていた。

 

 

そして、その不倫チームの後ろから探偵、梅田と中村が乗り込んで来た。

 

 

情報上、こうなることは承知していたが、探偵業は時として不思議な現象に遭遇する為。青木は安堵した。

 

 

そして、1時間少しで新千歳空港に到着した。

 

 

不倫チームはファーストクラスなので一番前の席。探偵達はその後方。

 

 

青木は最初の段取り通り、レンタカーを取りに行く為、到着して直ぐに人を押しのけて一番前の扉の前で待つ。扉が開いた瞬間にダッシュしながら、レンタカー屋に電話をして直ぐに迎えに来る様指示した。

 

 

ところが、レンタカー屋がいう「グレーのハイエースです5分で到着します」が、イザ空港の外へ出ると同じ様な色のそれぞれのレンタカー屋の送迎バスが停まっている。全く区別が付かないので、またレンタカー屋に電話を入れる。一刻を争う事態なので自然と青木の言葉も焦りで荒くなる。

 

 

「グレーのバンってどれやねん!6台くらい停まってるやんか!」と、実際は3台ほどだったが少々盛った。

 

 

 

「〇番の空港バスの後ろのです」

 

「今、〇番の空港バス見えるけどそんな車停まって無いやん!」

 

「あ、まだ着いてません」

 

「それ先に言いや!」

 

「まだ5分経ってないですよ・・」

 

 

「・・・。分かった」そう云うしかなかったが不倫チームのレンタカーと少しでも時間の差を付けたい、勝負ところなので1分が10分にさえ感じた。

 

ようやく、それらしいレンタカー屋の送迎車を見つけた青木は直ぐに後部座席に乗り込み。「チョット急いでもらえますか」と運転手に告げる。幸いこの時間の送迎は青木1人だった。

 

 

運転手は「分かりました5分くらいなので」と言って、車をゆっくりスタートさせて丁寧に走る。

 

――急いでっていうてるのに・・。まぁゆったりやな・・。

 

青木はそうは思ったが、口には出さなかった。どうせ5分で着くのなら、また渋滞する様な道じゃないし。

 

そして、キッチリ5分程で送迎車はレンタカー屋に着いた。

 

――なんじゃこのこ汚いレンタカー屋は・・

 

町の片隅にある草がボーボーに生えた、潰れた古い中古車屋の様なところ。しかし、そんなことはどうでもいい。一刻も早く段取りをして、他の探偵達と合流しなければならない。

 

グレーと白のアクアが2台少し奥に置いてあった。

 

「どっちですか?」

 

「それじゃないよ、コレ」

 

一番手前に運転席のドアが開いたままの車を指さしながら、レンタカー屋の太った店主らしき男がいう。

 

青木は目を疑った。20年はゆうに超えてる古いセダン。それよりもビックリしたのが、毒蛇か毒キノコの様な、やらしい赤色。

 

「白かグレーって言ったよね」

店主らしき男は何も答えない。青木はもう一度

 

「白かグレー段取り出来たって言ったよね!」と少しキレ気味にいうが、店主らしき男は

 

「これですよ」と悪びれた様子のかけらもなくそう言い放った。

 

「こんなもんあかんよ!そこのアクアにしてくれ!」

 

と、イライラしながら言うも、店主らしき男は全く意に介さず。

 

「ダメですよコレ」

 

青木は言いたいことは山程あったがそんなことよりも現場に戻ることの方が先決なので、直ぐに

 

「分かった、はよ手続きしてくれ」

 

と、イラつきながら了承し、レンタカー屋の中で書類にサインをして、店主らしき男の説明には、

 

「ハイハイ分かってるから、とにかく早くしてくれ」と言って毒蛇色のレンタカーの運転席に乗り込むと、従業員の男性が

 

「傷の箇所確認してもらえますか」

 

と、いうが青木は

 

 

「そんなもんどうでもエエよ、返す時に傷増えてたら払うからどいて」

 

と言って、ドアを閉めた。シートベルトをしてカーナビを合わせ様としたら、これもまた随分と初期の古いナビのようで使い方が分からない。青木は諦めて、スマホのグーグルマップに入力して、そのまま新千歳空港へ取って返した。

 

青木はスマホをスピーカーにして、梅田に電話をかける。

 

「状況は?」と聞く。電話口の梅田は

 

「まだ、空港内にいます」との返答。

 

ホッとした青木は、少し空いている助手席の窓を閉めようとしたが、壊れているのか窓は下には降りるが、上げるとさっきと同じ場所まで止まる。千歳空港に間にあうことが分かったのもあって、改めてレンタカー屋への怒りが沸々と湧いてくるが、今更どうなることでも無いので、この期に及んではどうでも良かった。

 

 

通常、探偵が調査に使う車輌は白かグレー。車種によっては目立たないガンメタとか黒の地味などこにでも走っている様な車が定番。こんな毒蛇の様な色の車で尾行でもしようものなら、たちまちバレてしまう。

 

 

 

新千歳空港に戻った青木はグルッと周って、空港バスの停まっている、場所から15m程前に毒蛇車を停めハザードを出して、車から降り、梅田と連絡を取りながら、空港出入り口前で合流。

 

不倫カップルグループは、2組に分かれてそれぞれ違う空港内にあるラーメン屋に入ったとのこと。それは中村がシッカリと空港内で見張っている。

 

 

こういった行動パターンから、この不倫カップル達の親密度が想像出来る。初めてのデートであれば、例えラーメンの味に好き嫌いがあったとしても、最初からこんな行動は取らない。例え親和性が高い不倫カップル達としても、飛行機で北海道に来ているのだから、普通は同じところに入る。でないと、2組で来た意味をなさない。

 

 

それにしても、それぞれの不倫カップルが、こういった行動をする時。全くの想定外であってもいちいち驚きはしないのが探偵の調査である。

 

 

「変わったことするよね」とは思うが、それ以上は考えない。現実をただ追うだけ。

 

 

青木は梅田に「二組に分かれてるのなら、中村をフォローしてやって」と言うと梅田は空港内に入って行こうとしたが、直ぐに戻って来て。

 

 

「レンタカーはどこですか?」

 

 

青木は「エエやっちゃ腰ぬかしなや」と言って梅田を毒蛇車の後ろまで連れて行き

 

「これ」と指さす。梅田は一瞬絶句して。

 

「嘘でしょ?」と笑いながらいう。青木は

 

「エエやろ。チョット写メしとこか」というと。梅田は大笑いしながら

 

「凄いですね!深紅ですか」

 

 

「とにかく、中村のとこへ行って状況を知らせて」梅田は指示に従いそのまま空港内に入って行った。

 

 

それから、40分ほど経って梅田から青木に

 

「まだ、土産物を買っていてそれを宅急便で送る段取りをしています」

 

まぁ、到着した空港のロビーで土産物を買うのは初めて見た。普通は旅終わりや、その道中で買うのが一般的であるが、この不倫カップル達は結構、合理的な感覚の持ち主なのか、ただ、変わっているのかが分からない。

 

 

この辺りでこの不倫グループ達は、マニュアル通りの動きはしないことが分かりはじめてきた。ここからが熟練探偵の腕の見せどころである。

 

 

そして、青木に梅田から連絡が入った。

 

「空港バスに並んでます」

 

 

――空港バス・・?

 

 

これもまた想定外の動き。梅田と中村はバスに乗り込む不倫グループ達の様子と空港バスのナンバープレートをビデオに収めてから、青木が待つ毒蛇車に笑いながら乗り込んできた。

 

不倫グループ達を乗せた、空港バスが走り出した。それを中村が運転する毒蛇色のレンタカーが追う。

 

新千歳空港から札幌の市街地までは概ね1時間。そこまでの道路は結構広く、車の速度も全般的に早い。基本的にこういった大きな道路で、バスを追うのはそんなに難しいことでは無い。この毒蛇色のレンタカーでも然程気にならないほどスムーズに尾行する。

 

 

終点の札幌までの間、何カ所か乗降するバス停がある。この時に

 

「終点の札幌まで行く」という決めつけが、どこかで探偵達の油断を誘うことは、言うまでも無く探偵達は分かっているので、バス停で停まるたびに降りる客をしっかりと監視し。後部座席の梅田が確認して、

 

 

「降りてません」と声をかける。以前にも少し書きましたが、車で車を追う『車両尾行』は運転手の視界以外のところを同乗している探偵達が確認し、あたり前に分かっていることでも、声に出すことによって。<<今、ここ>>の状態を共有することが大事。

 

 

「これぐらいは分かるだろう」と思って声に出さないと、座っている位置によって探偵全員の視野は違うので声かけは大事な作業。

 

そうこうしているうちに、札幌の終点バス停に空港バスが到着。青木と梅田が後部座席からゆっくり降りて、お互いの距離で定位置に付く。これは、阿吽の呼吸で誰が指示するわけでも無かった。

 

 

バスから他の乗客に紛れて降りて来る不倫グループ達4名。シッカリと青木と梅田のカメラが回る。札幌まで探偵が付いてきているなど知る由も無い不倫グループ達は、談笑しながら歩き出す。そこを絶妙の間でそれぞれ尾行する青木と梅田。

 

 

探偵あるあるで、徒歩尾行している間も要所でカメラを回すのだが、青木がビデオを回しながら反対車線を歩く梅田の方をフッと見ると、梅田もカメラを回している。徒歩尾行中にカメラを回すタイミングや狙うポイントは一緒。

 

 

調査車両を運転する中村は、いつタクシーに乗られても大丈夫な様に青木達より若干遅れてゆっくりと車を進行させている。

 

まず常套としては、ホテルにチェックインしてから着替えて食事。と、なるだろうがまだ時計の針は15:00を回ったところ。とにかくそこはあまり気にせず、ただ見逃さず見つからず尾行に専念する。少しの気の緩みが大きなアクシデントに見舞われる体験を何度もしているこのベテラン探偵達は、絶対に気を抜くことは無い。

 

 

それにしても、結構な距離を談笑しながら歩く不倫グループ達一行。途中でコンビニに入ったり、先に2名だけ出て来てコンビニ前で話してたりと、ゆったりしている様子。

 

 

少し大きめの交差点を渡って、30mほど歩いたところにビジネスタイプの洒落たホテルの看板が見える。そのホテル手前になると、不倫グループ達の足の向きと視線がそのホテルの看板の方を微妙に向いていのを感じ、青木と梅田 両探偵はカメラを起動させる。

 

 

予想通り、4人の不倫グループ達はそのままゆったりとホテルに入って行く。反対車線を歩いていた梅田はもう、ホテル正面玄関からカメラを回している。青木は後ろ姿をシッカリと撮っている。

 

 

ホテル玄関に入って行く様子を撮った後、そのまま青木と梅田は数分遅れでホテル内に入った。

 

 

ホテル正面玄関から入ると、チェクインカウンター。つまりホテルロビーはエスカレーターで、2階にあるらしく少し細目のそのエスカレーターを上がって行くようだったので、青木が先にエスカレーターに乗ってホテルロビーに入ると結構狭い空間で2セット置いてあるソファーに不倫グループ達は陣取っている。

 

 

青木が上がって直ぐに不倫グループ達を確認すると、なぜか全員一斉に青木に視線を向ける不倫グループ達。ここで少しでも動じたら負け。素人の場合つまり、探偵に依頼せずに友人にお願いしたり、ホヤホヤのポンコツ探偵の場合には思わず振り返って何処かへ姿を消す。この時には相当動揺しているので、そのまま不倫グループ達に『怪しい男』と認識され覚えられてしまう。

 

 

青木ほどの熟練探偵にもなれば、こう云った状態になった時、どういう所作をするかは身体が覚えているので、逆に不倫グループ達の方に視線を送らずに接近し、もうひとつのソファーで後ろ向きに座る。

 

そして、近くのガラスに映る不倫グループ達の様子をそっと見ると、青木に対しての不信感どころか興味が全くないことを確認する。

 

 

その後に梅田が上がって来るが不倫グループ達は梅田には関心が全く無い様子だったので、梅田はそのままロビー奥にある、カフェに入った。

 

 

よくよく観察していると、本命で依頼者の夫。つまり専務が、チェクインカウンターで手続きをし出した。チェックインカウンターでは3名分の受付があったので、青木はその左横に行きチェクイン手続きをする体裁で、不倫グループ達の部屋が聞ければと、本丸の対象者の横のカウンターで手続きをする。

 

 

最初は、絶対空いて無いであろう、ムリ難題を言ってそれをフロントのお姉さんが調べている間に右耳を立てる。

 

「今日シングル5部屋取れますか?」

 

「本日ですか、少々お待ち下さい」と言ってパソコンをカチャカチャし出すお姉さん。

 

「ハイ、ご用意出来ます」と、以外な返事を約1~2分で回答された。まだ、隣では何だかんだと不倫グループ達の名前や住所を書きこんでいるので、部屋番まで特定出来ていない。

 

 

そこで青木は

 

「全て禁煙でしょうか?」と、これまたムリっぽい注文を出す。

 

「少々お待ち下さい」と言って、お姉さんが再び立ったままパソコンをカチャカチャしだした。

 

しばらくしてお姉さんは、

 

「お客様、禁煙は3部屋ご用意出来ますが、後2部屋は喫煙になります」

 

と、申し訳そうに言う。

 

その時まだ、隣の対象はモタモタしている。しかし、記入するのに必死なので青木には一切興味を示していない。

 

青木は時間を稼ぐ為に

 

「それなら、何部屋かツインにして全部禁煙に出来ませんか」と注文する。

 

同じようにフロントのお姉さんは、笑顔で、

 

「少々お待ちください」と言って、またパソコンのキーボードを叩く。これには結構時間が稼げた。

 

その時、対象は全ての段取りを終えたのか、青木の方に視線を向けた。

 

老獪な探偵テクニックで、不倫グループ達の部屋を特定しようと、チェックインカウンターで不倫グループ達の部屋をなんとか特定出来ればと不倫グループのチェクインを覗きみようとしたが、特定までには至らなかった。これ以上ここで無理して怪しまれてはいけないので、この作戦は諦めた青木。

 

 

その後、チェックインの手続きを済ませた、本丸の調査対象者。つまり、依頼者の夫と不倫グループの残り3名が合流し、ワイワイガヤガヤと、不倫旅行のスタートとばかりに、フロント横の2機あるエレベーターの前で談笑しながら、待っている。

 

 

今度は梅田が乗れるものなら、同じエレベーターに乗り込もうと不倫グループの死角に入り様子を見ていたが、エレベーターが意外に狭いのを認めると、乗り込むのを断念し、エレベーターが止まる階数の確認に切り替えた。まだまだ、本格的な探偵の腕のみせどころは始まったばかり、ここで無理は禁物。

 

 

エレベーターはスムーズに上がり出し、どこの階でも停まる形跡もないまま、8階で停まった。

 

 

まずは不倫グループ達の部屋は8階であることは判明した。

 

 

スマホの時計を見ると16:00過ぎ。これから荷物を置いて、夕食に出るのは17:00頃と予想し、探偵達はホテルを出てひとつしかないホテル出入り口の玄関先が見えるところで待機。

 

 

すると、以外と早く16:30ころに不倫グループ達がホテル玄関にラフなスタイルで出て来た。男性達はそのままの服装だったが、どこの誰だか分からない不倫相手の女性2人は着替えていた。

 

 

凄く楽しそうに談笑しながら、歩き出す不倫グループ。空港の中で。もっというと飛行機での座り位置で、誰と誰がカップルかということは分かっていたが、もう完全に二組に分かれながら歩く不倫グループ。社長に限っては手まで繋いでいる。

 

 

信号待ちで、中村が1m以内に接近した時に、社長の不倫相手は若作りだが結構 年齢は上の様だと確認。

 

 

1m以内に接近するのは、調査対象者と探偵だけの場合にはしないが一般の方が6~7名同じ信号待ちをしている時には間合いを見て接近することも有ります。極端な例でいいますと電車尾行の時に隣の席に座ることもあるのです。

 

皆さんの中でも、毎日電車に乗る方は今日、昨日電車で隣の席に座った人が、よほどの美人か超イケメン男性以外ならば、どんな人か覚えてるでしょうか?

 

探偵は特に東京の様な尋常じゃないほどの人混みでは、たんなる風景にしか過ぎないのです。(長時間隣にいるわけでは有りませんが)

 

 

話を不倫グループの信号待ちに戻します。

 

タクシーに乗る雰囲気でも無いので、そのまま付かず離れず尾行を続ける中村と梅田探偵。その後を青木が毒蛇色のレンタカーで静かに後方から追う。進入禁止の道に入られると調査車両は、ついて行けないが行けるところまでムリせず追う。それは、万が一タクシーに乗られた時の保険。

 

 

調査対象者がタクシーに乗りそうだとか、電車で次の駅で降りそうな時は雰囲気でわかる。タクシーの場合は、国道沿いを歩きながら、チョクチョク後ろを振り返り車列を見ながら歩く。そんな様子が見えたら、調査車両がいない場合、探偵が先にタクシーをつかまえて、先に乗り込み調査対象者を通り越して待つ。そして調査対象者がタクシーに乗り込んだ後を追うのです。

 

電車を降りる場合には、スマホを鞄に入れたり。座席に座っている場合には少しキョロキョロしながら腰の位置が少し前にずれる。中には、なんの変化も無く急に立ち上がり降りる人もいるが、概ねは分かる。

 

チョコチョコこうして探偵術の説明が入りますがそこはご容赦下さいませ。

 

不倫グループは、そのまま延々と歩き続け約30分も歩いたところので、信号の無い国道を反対車線側に斜めに横切りはじめた。その先に古い小さな焼肉屋さんが見える。不倫グループの歩みは定規で計った様に、その焼肉屋の方向に向いている。

 

 

「あの店か」探偵達は一同にそう感じてカメラを回す。歩いた距離、初めてみせる国道の横切り。焼肉屋。時間は17:00過ぎ。この状況での食事において全ての条件が満たされている。

 

 

案の定、その店の小汚い暖簾をくぐり社長を先頭に不倫グループ達はひとりずつ入って行く。梅田と中村がカメラを回す。

 

ここで、店の看板や住所などを撮影するのですが、安易に近づいて撮ったり。安心して目を離すことは絶対に禁物。店内が満員だとか、何等かの事情で店を変える。携帯片手に出て来るなど、しばらくは注意が必要となる。ポンコツ探偵は直ぐに店の前に行き、くまなく撮影を始めて調査対象者とゴッツンコする場合も少なく無い。

 

 

あと、調査対象者はもとより、店の客や店員の目にも要注意。食事風景を撮りたいのは探偵の性ではあるが、事実上それを撮ったところで、依頼者に「凄い!こんなところどういう風に撮るんですか」などといった会話だけで調査の本質には何のプラスにもならない。見つかるデメリットの方が断然多い。

 

 

リスクなしに撮れるのならば完成度の高い報告書作成の為、写真は無いより有る方が良いといえば良いが、そこまでリスクを冒すほどのメリットは無い。依頼者さんの中にはこう云った不倫グループの場合、食事の座り位置まで気にされる方もいますが、本件の場合それは必要ないし、その気になれば時間が経ってから撮れないこともない。

 

 

毒蛇レンタカーが絶妙の位置を探し、その場所に停め探偵達は全員乗り込んで、調査車両の中から焼肉屋の玄関を凝視しながら出て来るところを撮る為にカメラのファインダーを開け、タイムラグが無いよう準備をする。

 

これがホテルなどの場合には、定点でカメラを固定し回しっ放しにするところなのだが、店への入りは撮れているのでそこまで神経質になることも無い。

 

 

「しかし、タクシーに乗らずに30も歩くってなんなんやろ」と青木がいう。

 

調査対象者が食事に入ったら先ず1時間半は出て来ない、これが酒飲み集団の場合には5時間ほどいる場合もある。そんな時に探偵達は調査対象者達の動きの分析話しが始まる。これも「探偵あるある」

 

「こんな古ぼけた店を選ぶということは、飛び込みじゃないことは確かやから、前に一度タクシーで来たことがあって。結構近く感じて、歩いてみたら遠かったってことかな」と、青木がいう。

 

「ここまで来るのに、一度も間違わずに喋りながらすいすい来たので知り合いの店?」と梅田探偵。

 

「札幌不倫旅行の第一ステップだから、楽しく喋っているうちに着いたとかですかね」と中村探偵。

 

こんな風にあまり必要の無い話しが車中を飛びかっている時、急に青木が、こ汚い焼肉屋に入った不倫グループ達が、カウンター席に座っていることを確認し、毒蛇色のレンタカーを不倫グループ達が出て来るところを、シッカリと確認出来る場所を確保した。そのすぐ後に青木が

 

「あ!」と叫んだ、

 

この店の横の道に見える。「生ラム肉」と書いた看板を見て。

 

「あれ、ススキノで有名なラム肉屋や!」と興奮気味に言った。

 

「オレ、飯食べてないからチョット食てくるわ。出てきたら直ぐに連絡おくれ」

 

と、言い残してそそくさと青木はその店に入っていった。

 

ま、状況から考えても不倫グループは30分や1時間くらいは出て来ないという憶測は普通に出来るし、もしも出て来たとしても青木は1分かからずに戻ってこれる。

 

探偵はいつも直ぐに動けるように、勘定を事前に済ませておくのは初歩の初歩。例えば、調査対象者と同じカフェやレストランに入った時も、ウエィトレスがコーヒーを運んで来た時点で支払っておく、そうすれば調査対象が急に立ち上がって出て行く時もスムーズに追えるからである。

 

青木は約20分もかからずに戻って来た。

 

「メッチャ美味いから、慌てて食べたら最後半分生やった」と笑いながらいう。

 

「交代でひとりずつ行っておいで、支払いは会社のカードですればいいから」

 

少し興奮気味に言う青木。

 

 

「じゃ、行って来ます」と先輩の梅田が次に生ラム屋さんに行った。

 

 

40分ほど、たっても梅田は戻って来ない。元々、普段の調査の時でも交代でご飯を食べに行くと、食通の梅田は戻って来るのが基本的に遅い。

 

 

1時間弱くらいで梅田が店から出てくるのが見て取れた。

 

その時、不倫グループ達が先ほど入った古びた焼肉屋からほろ酔いの様相で出てきた。

 

「中村アウト!」と青木が笑いながらいう。中村も半笑いで「大丈夫です」と返す。

 

 

不倫グループの動きを梅田も見ていて、調査車両には戻らず、不倫グループと並列の状態で少し身体をかわしながらカメラを回している。当然、調査車両の中からもシッカリとカメラが回っている。

 

 

焼肉屋の店前で不倫グループは立ったまま、談笑している。いつものことだが不倫している男女2人ならばそのまま止まらずに歩き出すのだが、こういったグループの場合に酔いも手伝って店前で談笑することは少なく無い。

 

 

余談だが。特にサラリーマンの団体の場合には10分以上、あれこれふざけ合って二次会に誰が行くのかなどを決めていたり、送別会のような場合には胴上げまで始まってしまい、探偵にとってはそれが邪魔で調査対象者が出てくるところが見えずらく、けっこう迷惑をする。

 

 

そうこうしているうちに焼肉屋の前で、不倫グループ達はタクシーを拾った。

 

梅田が小走りで、調査車両に戻って来て後部座席に乗り込んだと同時にタクシーは走り始めた。その後を調査車両がゆっくりと追う。タクシー尾行は本人の車を尾行するよりも断然簡単。運転手以外はルームミラーやバックミラーを見ないので、尾行には気付きにくい。

 

よほど世話焼きな運転手以外ならば、仮に同じ車がついて来ていると気付いても、客に「お客さん後ろから変な車が付いてきてますよ」なんてことは言わない。もし、それが運転手の勘違いなら、「この運転手大丈夫か?」と思われかねないし、また、探偵は尾行のプロ。尾行されるなどの警戒心の無いタクシーに気付かれる様な素人でも無い。

 

 

ただ、都心ならタクシー尾行の場合にはかなり接近する必要があるのも確かなこと。それは、車の量が尋常じゃないのと、タクシーは同じタクシー会社の車が、そこかしこに走っている。色も文字もほとんどが同じ。違うのはナンバープレートだけなので、ゆったりと尾行していると、いつの間にか違うタクシーと交錯してしまう可能性があるので、そこだけは結構 慎重になはなる。

 

 

タクシーは、不倫グループ達がチェックインしたホテル前で停まった。そしてそこで降りて来た不倫グループ達は、またなにやら立ち話をし、その後、依頼者の夫とそのパートナーの若い女性2人がホテルの玄関に向かい、社長と40絡みのパートナー女性は、歩いて暗闇の方へと歩き出した。狙いは依頼者の夫の方なので、社長達はそのまま放置。

 

 

その時、梅田は依頼者の夫カップルより先にホテルへ入り階段で3階まで上がる。そこでエレベーターのボタンを押して待つ。エレベーターが狭いのと、不倫グループ達の部屋は8階だということを事前に知っている梅田は、1階から一緒に乗ることを避け、このカップルが3階から乗り込んで来る梅田に対しては不自然さを感じないという、簡単なテクニック。

 

しかし、熟練の探偵にとっては簡単なテクニックではあるが、ポンコツ探偵には真似出来るワザでは無い。

 

 

梅田の読み通り、3階で一旦止まったエレベーターに乗り込んでもこのカップルは、つめの先ほども違和感はない様子で、梅田は8階の上、11階のボタンを押して、カップルの前へ後ろ向きに立った。

 

 

当然、8階でエレベーターは止まる。不倫カップルは梅田の横をすり抜ける時に「すみませ~ん」と言って降りて行く。2人が消えた後、梅田はエレベーターの(開)ボタンを押しながら、良きタイミングで8階でそっと降り、身体をかわせるところへ音も無く移動する。

 

 

こういったビジネスホテルは、客室フロアにはほとんど人は居ない。閑散としていて咳払いひとつ出来ない。梅田は身体を隠し、床のあたりまで下げたカメラのレンズだけをカップル達に向け、カメラのファインダーだけをみながらピントを合わせ2人が同じ部屋中へ入って行くところを撮って、表で待つ調査車両へ戻って来た。

 

注釈

仮に不倫カップルが何かのひょうしに、振り返ったとしても床の方に視線を向けることはまずない。

 

 

「部屋入って行くところ撮りました、部屋番号は8122です」と報告。

 

すると青木は、「中村くんお腹減ったやろ?」

 

「よし、今日はこれくらいにして飯食いに行こか」と青木がいう。時間はまだ20時を過ぎたばかりだが、早朝から張り詰めた仕事をしていたせいか、終わりとなると気に掛けていなかった緊張から解放される、なんとも形容し難い安堵感が身体をほぐす。

 

 

明日も朝早くからこの不倫グループを追いかけて東京まで帰らなくてはいけない結構タフな状況は続くが、一晩寝ればどうってことはないことをこの熟練の探偵達は知っている。

 

 

幸い、不倫グループ達と同じホテルでシングルの部屋が3つ取れたので、毒蛇レンタカーをホテルの駐車場に停め、少しばかり歩いたところの居酒屋風の店へ入る探偵達。

 

 

北海道に来ているという、旅行気分も相まって探偵達は疲れなどは感じて居なかったが、酒が入ってくると普段より酔いの周りが早いのか、飲み過ぎているのかよく分からないが、24時のラストオーダーまで北海道の幸を堪能し、そのまま千鳥足でホテルへと帰って、眠りについた。

 

 

翌朝、6:00に目を覚ました青木はシャワーを浴びてから梅田に電話をすると、もうホテルの玄関先で毒蛇レンタカーで中村と一緒に張り込みをしているとのこと。青木も帰り支度を済ませ、忘れ物がないかを確認し、梅田と中村が乗っている調査車両へ乗り込んだ。

 

 

そして朝9:00を過ぎたころ、不倫グループ達がホテル玄関から荷物を持ってゆっくり談笑しながら出て来るのが見えた。当然 梅田と中村のカメラはそれを収めている、ここが肝心なところなので絶対に撮りこぼしの無いよう気は張っていたが難なく撮れたので、後はオマケの様なものだ。ただ、探偵としては最後の最後まで、完結するつもりなので一切の妥協は許されない。

 

 

依頼者に一点の有無も言わさない報告書を作るのが探偵のプライドなのだ。

 

 

浮気の証拠はホテルに入るところと出るところ。これがワンセットで『不貞行為』の構成要件(裁判で勝てる証拠)を満たす。本件の場合には不倫カップルでは無く、『不倫グループ』なのでそれだけでは少々弱いところもあるが全体の流れがシッカリ撮れていることと、本命の専務。つまり依頼者の夫がもう1組の社長カップルと別行動をし、1人の女性と2人で同じ部屋へ入ったところが撮れているので、条件は整った。

 

これが、不倫グループ達全員が8階で降りたということを目視出来ているのは、エレベーターがその階で停まったということだけ。仮に弁護士から慰謝料請求の内容証明を送りつけても、相手側が徹底抗戦して来た場合。

 

「みんな別々の部屋を取っていた」と言われると、裁判にまでもつれ込む可能性も無きにしも非ず。出来れば内容証明送付で弁護士が話し合いで終わらせるのが一番の理想である。

 

この調査の大きなポイントは上述したように、梅田が部屋に入って行ったところを撮ったことで、断然強い報告書が出来る。ましてや、探偵達もこのホテルの客なので建物内であろうが探偵達にはここに居る権利があるので、不法潜入にもならない。これが、熟練探偵達のチームワークがなせる技なのだ。

 

 

話を現場にもどそう。

 

ホテルを出た不倫グループ達が楽し気に歩いて行くのを、梅田 中村両探偵が徒歩尾行する。タクシーに乗られることを想定し、青木の運転する毒蛇レンタカーがジリジリと、その後を停まっては動きを繰り返しながら視界からは外さない。

 

 

しかし、この不倫グループは良く歩く。最初の話では「この人達はお金持ちだからタクシーを頻繁に使う」といった情報とは違い、昨夜 、こ汚い焼肉屋から出て来たときこそタクシーに乗ったが、基本徒歩。それどころか、空港バスを使うという何等一般庶民と変わらぬ行動パターン。

 

 

ホテルを出て歩き出した、その一本道の突き当りに札幌駅があり、そこに入った不倫グループ達が小樽行きの切符を買っていると梅田から青木にLINEが入った。青木は「改札を抜けてホームに行ったら連絡して、そのままオレは小樽の駅に向かうから」とLINEを返す。

 

そして梅田からホームに入った連絡を受け、青木はなんとかナビの操作が出来て小樽駅へと向かった。

 

 

北海道の道路は車が少なく1本道が多い為、ついついスピードを出してしまう。何度かそれに気づいたので、アクセルを緩めるが、知らぬ間にまたスピードが出てしまう。そうこうしているうちに梅田から「小樽駅到着」とLINEが入る。青木はもう10分のところなので、そのまま既読をつけたまま小樽駅に直行した。

 

 

不倫グループ達は小樽で暫くウロウロするだろうが、帰りの飛行機に間に合う様に新千歳空港に来るのは間違いない。下手に車で小樽辺りをウロウロしていれば、尾行している2人の探偵は間に合うが、このポンコツレンタカーを返さなければいけない手間を考えると、このまま新千歳に先回りすることが合理的だということで、小樽で梅田 中村両探偵と合流し新千歳に先回りすることにした。

 

 

梅田が「これ美味いですよ」と、青木に白いパックに入った鳥の唐揚げを差し出した。

 

「何これ?」

 

梅田が「対象達が今いるところの唐揚げ屋からテイクアウトして来ました」と笑う。

 

青木は一口かじると「熱っ!でもうまい!。でもサ、美味いけど北海道まで来て昼飯に唐揚げってなぁ・・。海鮮とかじゃないんかな?」

 

そんな話をしながら、毒蛇車はガソリンを入れて千歳空港近くのレンタカー屋へ車を返却し、昨日と同じ送迎用のバスで空港まで送ってもらった。

 

空港に着いた3人の探偵達だが、出発まで3時間近くある。風呂好きの梅田は千歳空港内にあるサウナ風呂に行ってもいいか?と青木に聞き、止める理由もない青木は

 

「お、行っておいで」とふたつ返事。本屋さんの好きな青木は

 

「オレそこの本屋で遊んどくから」と言って梅田と中村両探偵はサウナへと向かった。

 

青木はページ数が少ない歴史ものの文庫本を買って、空港内の椅子にもたれ時折時計に目を落としながら半分ほど読んだころで、不倫グループの姿を確認した。

 

梅田の携帯に電話するも出ない。「いつまで入っとんねん」と思いながら、次はエース探偵の中村に電話をするも、こっちも出ない。青木は疲れからか少々疲労を感じていたこともあって、少しイライラしてきた。

 

 

何度もかけ直すが、一向に出ない両探偵。仕方無く、カメラを持って青木ひとりで不倫グループから少し距離を取って尾行する。

 

 

そろそろ、不倫グループ達が搭乗口のゲートをくぐろうと、並び出したが未だに両探偵からの返事がない。搭乗券は中村が持っているので、青木はそこに入れない。日本の飛行機は世界でも類をみないほど正確な時間に離陸するが、時間前に飛ぶことは無いにしろ、時間だけには神経質な青木は余計にイライラして来た。

 

 

出発、20分前になってようやく2人の探偵が悪びれる素振りも見せず、青木に電話もせずに現れた。イラついてる様子を極力見せない様に青木は「もう入ったぞ」と両探偵にいうと。

 

 

搭乗手続きは今、スマホでピッとすれば、そのまま入れるが青木がイラ立つのは、何かの不具合が起こることで時間をくうことが無いとも限らない、青木は若干年をくっているせいか、そのスマホのワンタッチ方法が今ひとつ分かってなく搭乗券をゲートの手前で差し込み1m程先で出てくるものだと勘違いしていたので、中村が搭乗券を持っていると思い込んでいたのだ。

 

帰りの便は不倫グループ達と少し離れていたが、降りてからは一直線なのでなんの不安もなかった。そして飛行機は着陸態勢に入り、みごとなランディングで到着。「グウオー!!」と音を立てて逆噴射しながら飛行機の勢いを止めてから止まったと同時に乗客達は一様に立ちあがり、上部の荷物入れから荷物を出し、1人ずつ降りて行く。

 

 

不倫グループ達とは少しだけ距離があったけれども、梅田と中村探偵は降りてから小走りで、動く歩道に乗って移動している人混みの中から不倫グループ達を中村探偵が見つけ歩みを緩めるが梅田はそれを見過ごしたのか小走りを続けている。

 

 

その時点で青木は不倫グループ達の間に2人ほど挟んだ後ろに着いていた。その後、梅田から青木の携帯に電話が入る。「居ないです!」

 

青木は「ここに居てる。お前は出口付近にそのまま居ってくれ」と指示をだした。

 

不倫グループ達は、お土産を千歳空港に着いた時点で宅急便で送っていたので、手荷物が流れてくるベルトコンベヤーの前で待つこともなく、真っ直ぐ出口から出た。

 

 

そして、駐車場で不倫グループは2組に別れ、社長は自分のパートナーを車に乗せ、調査対象者である依頼者の夫は自分のパートナーをベンツに乗せて、双方の車が動き出したところで、探偵達は調査車両に乗り込み発進した。

 

予約駐車場に無断で駐車してあったことを別段、咎められることも無く駐車料金を支払いベンツを追う探偵車両。

 

 

平日ということと時間の関係もあって首都高は渋滞している。その中をベンツは右に左にと隙あらば的にあちゃこっちゃと、せわしない運転をするが同じ様についていってはバレてしまうので、ここが探偵の車両尾行の腕の見せ所。

 

 

運転は梅田がしている。助手席に青木後部座席に中村が座り、それぞれの視界から役割分担をする。途中で首都高の右端と左端に別れた時、青木と中村がベンツの動きを注視する。

 

 

最近の車のフロントは良く似た車種が多く、一瞬では見分けがつかない。頼りはナンバープレートだけ。左端を1台の黒いベンツが走り抜けた。

 

「あれやろ!」と青木がいう。

 

「ナンバー3355でした?」と梅田が慌てて聞く。

 

「あのな・・、並行に走っててこんだけ車があるのにナンバーなんか見えるかね?」

 

少し顔色の悪い青木が押さえ気味にいうが、結構 機嫌が悪そうに聞こえる。

 

ほどなくして雨が降ってきたが、用賀出口でベンツが降りる気配をみせると同時に

 

「用賀で降りよるぞ」と青木が言うが早いか梅田はベンツの真後ろに付き、首都高を降りるベンツを追う。

 

浮気の現場を押さえてあるのになぜここまでしてベンツを追うのかというと、探偵の専門用語で浮気相手のことを『接触者』と呼ぶのだが、この接触者がどこの誰だか分からなければ依頼者である妻が慰謝料請求を誰にしていいのか分からなくなるので、接触者の住居地を突き止めるまでが、本件のミッション。

 

辺りが暗くなり始め、首都高を降りてからの尾行はひと段落ついた。荒っぽい運転の上に渋滞区間が長かった首都高の尾行には少々手を焼いたが、そのまま尾行を続けて接触者である女の自宅も特定しミッション終了となった。

 

この時、初めて青木自身に熱があることを自覚したが口には出さなかった。

 

探偵達が事務所について解散。青木は自宅に戻り嘔吐と熱に下痢・・・。

 

生ラム屋の半生が大当たりしていたようで、それから3日間トイレに居る時間の方が長かった。また、青木のイライラの原因もここにあったのだ。

  完

探偵東京・浮気調査<足立区本社>の青木ちなつ探偵調査

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