実録 探偵VS結婚詐欺師
夕方17時頃、事務所のフリーコールが鳴った。電話を取ると若い女性、か細い何かに怯えているかの様な声で。
電話主「あの・・。教えてもらいたいのですが」と、いきなり前置き無しで始まった。相談員はどう云った相談か分からない。
相談員「どうされました」
電話主「付き合って結婚を約束した彼にお金を貸しているんですが・・・」
電話主「最近、様子がおかしくて・・。ひょっとすると騙されているのかと思って・・・」
相談員「どんな風な様子なんですか?」
電話主「お金を貸しているんですが、なにもかもが曖昧なのです」
――結婚詐欺か・・。相談員は直ぐに理解出来た。
相談員「こちらから、ご質問させて頂いても宜しいでしょうか?」
相談員「出会いはどこですか?」
電話主「出会い系のアプリです」
相談員「お金はいくらくらい貸してらっしゃいます?」
電話主「150万円です」
相談員「お金を貸す時、どう云った理由で言ってくるのですか」
電話主「親が借金をして闇金に追われているとか、会社のコピー機を壊したとか、友達が無保険で交通事故にあったとか・・。色々です」
――間違い無く、結婚詐欺だと相談員は確信した。
相談員「出会ったのはいつ頃ですか?」
電話主「先月の初めくらいです」
相談員「お金をいくら持っているか?とか、仕事は何をしているのか。また、両親の収入などは聞いて来ませんでした?」
電話主「ハイ、聞かれました」
相談員「その彼の情報はどの程度お持ちですか?」
電話主「住所と名前。仕事場は聞いています」
相談員「それは何か公的なもので確認出来ていますか」
電話主「いえ、彼が言っていたことです。」
相談員「今、彼との連絡は取れますか、とれるならば彼と会うことも出来ますか」
電話主「それは大丈夫です、今も毎日LINEや電話で話してますし」
相談員「お金を貸す時は振り込みですか、それとも手渡しですか」
電話主「手渡しです。」
相談員「それはマクドナルドやどこかのカフェでお金を渡して直ぐに帰ってしまう様なことは有りませんか?」
電話主「ハイその通りです」
相談員「ハッキリと言いますね。99%結婚詐欺です」
電話主「あ、ハイ・・。ヤッパリそうですよね」
相談員「で、ご自身はどうされたいのでしょうか?」
電話主「勿論、お金は返して欲しいですが、何が嘘でどこがホントなのかが知りたいです」
相談員「承知致しました。ところでお写真はお持ちでしょうか?」
電話主「ハイ、有ります」
――これは意外だった。結婚詐欺師は基本写真を撮らせないのが多い。この結婚詐欺師はあまり手練れの結婚詐欺師では無く、最近デビューしたばかりの新人結婚詐欺師のようだが、マニュアル通りの近づき方を見ると初めてでは無いようだ。
と、相談員は想像した。
電話主「あの一度、お伺いしてお話を聞いて頂くわけにはいかないでしょうか?」
相談員「ハイ、弊所は東京の足立区に本社と、池袋に支社が有りますがいずれがよろしいでしょうか」
電話主「それじゃ池袋でお願い出来ますでしょうか」
そんな流れで、電話主の名前と携帯番号を聞き面談の時間と日にちを決め、池袋支社への場所を簡単に説明し、電話を切った。
上述した会話の内容は結婚詐欺、恋愛詐欺に遭った方々との相談で最も多い流れなのです。結婚詐欺師はマニュアル本でもあるかのごとく、同様の行動をとるので、状況を2分程聞けばおおむね結婚詐欺であるか否かの判断は出来ます。
弊所はこの結婚詐欺案件を扱ってかれこれ16年ほど経ちます。なぜ、この結婚詐欺案件では弊所が一番強いと言われるかと申しますと、結婚詐欺に遭った人達はそれが結婚詐欺だと気付くのが遅いのです。
まさか、自分の彼氏や彼女が『結婚詐欺師』だと普通は思いません。だから、お金が無くなって結婚詐欺師と連絡が付かなくなって初めて『結婚詐欺』だということに気付き、弊所の様な結婚詐欺を扱っているところを検索してメールやTEL。LINE@などから連絡をしてくるのですが、
その時にはカードまで使われ、お金を借りる術さえ失っていますので、探偵への依頼費用すら作れない程 心身ともにボロボロになっているのです。
そんな訳で、連絡を受けた探偵事務所もほとんどが調査費用が無いと云う理由で仕事にならないから、同業他社の探偵事務所さんは広告も一切出さないので、弊所への相談が多くなるわけです。
かと云って、弊所が大きく大手探偵事務所の様に広告宣伝をしている訳では有りません。このブログの様に積み重ねた経験を書き記していると、結婚詐欺に遭った被害者さんが弊所に行きついてご連絡があるというのが実情なのです。
そうなると、弊所が扱う依頼件数や相談件数の増加とともに、その対策法はどこよりも熟知しているといった理屈になります。
しかし、相談者の方によくみられる傾向で、「結婚を約束していたのに、別れられた」それだけをもって『結婚詐欺だ!』と思い込んでご連絡頂くことが全体の7割程度御座います。
そんな時は、シッカリとご説明させて頂きお断りします。なかなか納得して頂けませんが・・・。同業探偵社さんもそんなことが日常茶飯なので、広告宣伝には前向きじゃ無いのでしょう。
また、被害者さんが最初に取る行動としては、警察に相談。そして警察は何度も結婚詐欺の前科のある人以外はほとんど被害届けは受理してくれません。
それは、加害者側。つまり結婚詐欺師側が①「一度、結婚すると言ったら絶対結婚しなけりゃいけないのですか?」やら②「お金は借りているだけでただの金銭貸借」③「あの金は、勝手にプレゼントしてくれたもの」と言われれば警察とて手の出しようが無いのです。
つまり、①は心の問題で『移ろう気持ち』を、「それは嘘だろう!」と言っても水掛け論になり、心の問題を物理的に立証出来ない。
②は、金銭貸借。「返すつもりでいた」となるとこれは刑事事件では無く民事になるので警察の大原則『民事不介入』に抵触するので、受理でき無い。
③は、プレゼントは『贈与』要するに上げた物品に関しては、その所有権は相手側にあるので、民事事件としてもなかなか立証し難いので、これもNGになります。
だから、「警察は一向に動いてくれない!」とお怒りの方もいらっしゃいますが、今の司法のルールではなかなか動いてあげたいけれども動けない。つまり、担当警察官を恨んでも仕方無いのです。
次に被害者さんが取る行動として弁護士さんに相談。弁護士さんも詐欺の構成要件を完全に満たしているもので無ければ引き受けたく無い案件なので、積極的には引き受けてくれません。また、弁護士さんの利益は成功報酬分が関わってくるので、どこにいるやも知れない詐欺師を探す方法が無ければ、引き受けては頂けません。
そこで、最後に我々の出番となるのですが、その『結婚詐欺師』がどこに居るかを突き止め、今まで吐いて来た嘘を調査を行って、論破し始めて弁護士さんや警察が動くと言うことなのです。
相談のあった日から5日後、結婚詐欺師と被害女性に会う約束をしてもらった。結婚詐欺師の住まいは自己申告している場所とはほとんど違うのが通例。
ましてや、自宅に被害者さんを招きいれる結婚詐欺師は極々稀。被害者さんが詐欺師と分かっていて2人キリで会わすのは、詐欺師の家を特定するのに仕方無いことですが、この1回だけで、自宅の特定をしなければいけない。
つまり、この1回は絶対に成功させなければいけないので、男性調査員3名と女性調査員2名の計5名での異例の人数で立ち向かう作戦を立てて、現場に向かった。待ち合わせは池袋の東口ロータリー。
待ち合わせ時間の1時間程前に、依頼者さんに現場に来てもらい。簡単な打ち合わせを済ませて、探偵達が乗る車の中から被害者さんの姿が確認出来るところで待ち合わせしてもらった。
詐欺師は猜疑心が強いので、どこから私達を見ているか分からなく、あまりインカムを耳に付けた探偵達を、そこかしこに配置することはリスクが高いので、ふたりが落合ったところで出て行くのが良いとの現場判断。
ところが被害女性も、緊張しているのか、あちこち落ち付かない様子で歩きまわるので、チョットした障害物で被害者さんの姿が確認出来なくなる。
こんなところで見逃す訳にはいかないので、依頼者さんのLINEに「あまり動かないで下さい」と連絡すると、ちょうど目隠しになるとこで、じっと止まった。
依頼者さんの緊張は我々の想像をはるかにこえることは、私達 探偵は知っているので、こちらの調査車両を少し移動して依頼者さんが確認出来た。念の為、1人の探偵を車から降ろして、依頼者さんを見逃さないところへ配置。
これで、こんなところで見逃すことを避けるには万全。
しばらくして、依頼者さんが微妙な目線と動きで、結婚詐欺師が現れたことが見て取れた。
車から降りた、探偵から「依頼者さんマル対と接触、追います」とインカムに通電。
連絡を受けると同時にこちら側からも確認が取れていた。車に運転手を1人残して、調査車両が停めてある反対方向へ進んで行ったので、残り3名の探偵が車から降りて早足で、2人を追う。
被害者さんと結婚詐欺師の2人は池袋駅のSEIBUに入り、その中のカフェに入店した。女性探偵1人と男性探偵がカップルに扮してその中へと入る。
結構、近いところに陣取った探偵カップルだが、さすがに会話までは聞こえない。
それから30分経ち1時間経ち・・。つまり、結婚詐欺師は今日 お金を受け取る気で来ている。今まで会えばお金を貸してくれる前提があったので、『取らぬ狸の皮算用』相当あてにしていたのだろう。
しかし、事前に「1円のお金も渡しちゃダメ」ときつく言ってあるので、緊張していた被害者さんもそこは譲らない。結構な正論で迎え撃つ被害者さんに必死の詐欺師側は、理論破綻した嘘を並び立てる。
これで、被害者さんも客観的に見れているので、少しばかりの「詐欺じゃなかって欲しい」という一縷の望みさえも、空虚感が全身を支配し、貸したお金を返してもらうことだけに、集中しはじめる。
2時間近く経った頃、ようやく2人はカフェから出て来た。結婚詐欺師がいくぶん不機嫌な面持ちで、被害女性の前を歩き、その後を被害女性が付いて行く。
そのまま、駅のロータリーで、2人は別れた。
別れてから、被害女性の視線が結婚詐欺師から離れた瞬間、詐欺師は急に猛ダッシュで走りだした。半端ないスピード。その後を調査車両を運転している探偵以外の4名の探偵が走って追いかける。結婚詐欺師は後ろを振り返ることも無く走り続ける。
周囲で囲んでいた我々探偵達が詐欺師側に見つかったいたことは、長年の経験から言っても有り得なかった。それだけ細心の注意を払っていたので、走り出した意味が全く分からないが、そんなことはどうでもいい。とにかく探偵達は詐欺師を見逃すわけにはいかないので、ただ ひたすら走って追うしかない。
しかし、その詐欺師の足の速さは全く衰え知らずにスピードを落とすことなく走り続ける。さすがに、年のいったベテラン探偵は息が続かなくなり2人が脱落。1人のベテラン探偵が、すぐさま歩道橋の上に上がり詐欺師の姿を俯瞰できる場所に陣取った。
すると、一番若い28歳の男性探偵が凄い走りでドンドン詐欺師との間を詰め出した。歩道橋の上で詐欺師の動きをみているベテラン探偵がインカムで、
「そこのセブンを左に曲がった」
と、追っている探偵に知らせる。勿論、それに反応している余裕はないが、ドンドン間を詰めて行く。
セブンイレブンを左折したところで、3名の探偵達からの視界から2人とも消えた。後は任せておくしか方法は無いが、残った探偵達も足を棒にして、息切れをこらえて、なんとか消えた場所をたどって後に続いた。
その時、間を詰めて追いかけた28歳の探偵から。
「〇〇〇〇〇ホテルに入りました」と、呼吸の乱れも感じさせない淡々とした声がインカムを通して探偵全員に通電。みなが安堵し、そのホテルに向かった。そして、全員がホテル前で合流した。
その若手探偵の説明を聞き、2ヶ所ある出入り口が見える場所を確保し、結婚詐欺師が出て来るところをカメラで押さえることに集中。
聞けば、その若手探偵は50mを5,7秒。100m 11秒台で走る俊足。お酒も飲まないので、仕事休みの退屈な夜には10km程度走っているとか・・。
「そりゃ・・早いはずだ・・」また、その日までそれを一切 今まで話していなかったのが、また粋な男だと皆 感心しきり。
さすがに、それだけ走しりながらだった為、詐欺師がホテルに入るところまでは撮れなかったらしいけど、セブンイレブンを曲がって、もうひとつ角を曲がった時、勢い余って詐欺師を追い越しかけたとか・・・。
なにはともあれ、お酒を飲まない身体能力の高い真面目な若者の凄さを改めて知らされた瞬間でした。
そして、ベテラン探偵の予測は。
後ろを振り向かずに走った理由を分析。
①過去にこう云ったことで、探偵や警察に追われたことがある。
②被害女性の態度に違和感を持って、念の為に全力で走った。
③ホテルに別の女性を待たせていて、その支払いを今回の被害者さんからもらわなければホテルから出れない。
これが、③の理由ならば、どうしてホテルから出て来るのか・・?
あれこれ予想をしても、結果は分からないので取り敢えず、そのままホテル前で張り込みを続けるしかなかったが、ほどなくして違う女性と出て来て、駅まで歩きそのまま2人は別れた。
その後は、ゆっくり歩いて池袋駅から電車に乗り、なんの警戒心も無く帰宅するところを4名の探偵達が尾行し無事、極悪結婚詐欺師の自宅を特定した。
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